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帰省 

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11月1日~7日まで、郷里の北海道伊達市に帰省。
生家の片付けと、両親等の法事をしてきました。

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築百数十年になる私の生家です。
父が残した、絵や原稿、本などが眠っていました。
持ち帰った資料をなどももとに、またブログを復活したいと思います。

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有珠山と昭和新山

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父が研究に没頭した人の顔をした石

石の写真もたくさんありました。
少しづつ整理して、ブログやホームページにアップしていく予定です。



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芸術かなづかひ 

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手記は芸術的かなづかひをもって書かれる。
「芸術とは心の叫びであり、科学とは外象迎入の集積である。
私は、現代かなづかひを女的かなづかひととる。
学者的かなづかひと決定打を打つ。
下界の色どりにとらはれるひとたちの、
はやりに染まるひとたちの、
紅おしろいに浮身をやつすひとたちの、
写真のように音の外の姿をうつしたかなづかひとする。
私には学者は性にあわない。

ここに学者がきらいな、人の世の右や左にうごめく迷信といはれるものを占はう。
私は、現代かなづかひ、
女的かなづかひ、
学者的かなづかひ、
共産主義的かなづかひ、
西洋人的かなづかひ、
集団生活者的かなづかひ、
肛門的かなづかひ、である現代かなづかひに挑戦する。

それでは、これから芸術かなづかひを白明にさらそう。
手記は、芸術的かなづかひで書かれていく。
これは口唇的かなづかひである。
肛門的(現代)かなづかひは、学者のもの、女のもので、芸術家のものではなかろう。
口は入れるに開く、肛門は排泄するに開く。
二つながら正しいが、イミは全く独立している。


父、シブヤシゲヨシの著書、「生命光体」の冒頭にはこのように書かれている。
父の文は論理的、科学的に考えても理解できない。
外国語の詩の朗読を聞いて、意味がわからなくても何かを心で感ずると同じように、心で感ずるものなのかもしれない。
理論的に理解しようとしないで、心に何かを感ずればそれで良いのだろうか。


ソラへのぼらう 

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君、ソラへのぼらう。

人工衛星にのりながら、心はやはり太陽のつながりに

ひかれて、あの光り玉を見失ふまいとしよう。

「なんといふスバラシイ眺めだ」。

南極にくらしても光の方に望みを不変にもとうとしよう。

どうして君は太陽の光をほめるのだらう。

なぜだろうか。

そこでプリズムをもって太陽の光をみる。

太陽の中に君がゐるからだ。


シブヤ シゲヨシ 生命光体より

絵で見るシブヤシゲヨシの世界 

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シブヤ シゲヨシはこんな絵を描いて部屋にペタペタ貼っていました。
(終了後そのままにしておくと、繰り返して再生されます)
      

スライドショー 

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「アイヌ語と英語」に掲載されている画をスライドショーにして見ました。
終了後そのままにしておくと、繰り返し表示されます。
        
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