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楽天的金銭哲学 (ゼロの人生-4) 

カテゴリ:ゼロの人生

父シブヤ シゲヨシは昭和11年、26歳の時伊達の生家を出て室蘭に借家を借りて治療院を開業。
その後、小樽、岩内、東室蘭と転々としたが、戦争のため昭和22年に伊達の生家へ戻った。
その間の生活は、決して豊かなものではなく、「食べて行ける程度」といったものであったようだが、そんな中で父独自の楽天的金銭哲学というべきものを身に付けたようだ。
「ゼロの人生」に次のように書いている。 

人間は食へるようになッてゐるもんだとゆふことを、覚えたネ。
晦日がくるでしョ。すると商店から書きだし、精算書だネ。それが来ると、服のソッチコッチから金を集めてみるとネ、ちょうど間に合うんだヨ。
そして、それだけより無いのサ。
さて、あしたからどうして暮すかなァ、と思ッてゐると、1日か2日たつとお客さんがコンニチハと入ってくるわけだネ。
そしてその方が、3日分とか1週間分とかの治療代をおいていくんだよネ。
そうゆふことが幾度かあってネ。
ナルホド人は食えるようになッているもんだと思うようになったネ。
    
だから、困る困ると言ふ人を見ると、奥さんヨ、あなたは、3日メシを食はないから飯を食べさせてくださいと言ッて来た人何人ゐましたか、お正月がやッてくればヤッパリ一升ビンなど斜めにして騒いでゐるでしヨ、困ることなんてめったに無いんですョ。
いよいよになると金を工面してくれる人が来たり、突然仕事が見つかッたりネ、と言ふようになッたヨ。
 

この「金は、必要な時に、必要なだけ入ってくるように出来ていうものだ」という奇妙な自信で父は貧乏をものともしない楽天的な人生を送ったようです。
昭和12年に結婚したが、初婚の相手は、結婚後間もなく肺結核にかかり1年後には死亡。

昭和15年に再婚、昭和16年に長男(私)が誕生した。
結婚後は私の母が裁縫で家計を支えてきたようだ。


昭和15年今の妻が来て、これはトンデモナイところへ来たと思ッたろうナ。
妻の話によると、ナンデモずゐぶんうまい名文を書き送ッたらしく、それから30余年一緒にいるわけだからねェ。
嫁に来て1月後には裁縫をしたとゆふからネ。
16年、岩内で上の子、18年東室蘭で次の子が生まれたのサ。
18年には妻の母のゐた樺太へも行ッてきているし、おそらく生活するのに精一杯の内情だッたろうが、本人は一向に呑気なあんばいに過ごしてきた記憶よりないのだヨ。
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この記事へのコメント

人生って何とかなってる

確かに知り合いが飢え死にしたという話は聞いたことがないですね。不景気だけど、私も含めてみんな何とかなってるようです。まあ、私の世代は親が裕福だからっていうのもあるんですけどね。じいちゃんの世代でもたいていは何とかなってたんですね。

tataraboshi さんへ

コメントありがとう。
「食べて、生きていければ良い」を最低基準おけば、はたいてい何とかなりますね。
苦しい、苦しいと言っている人でもたいていは3度の食事はしているし、さらに一杯飲みながら苦しい、苦しいと言っていますからね。
でも、そこに基準を置くのは、出家的生き方ですね。
じいちゃんは出家的人生観で、「無銭優雅」そのものの人生を送りましたが、凡人だったばあちゃんは随分苦労しましたよ。

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