スポンサーサイト 

カテゴリ:スポンサー広告

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

後期ペンの日50才(ゼロの人生-6) 

カテゴリ:ゼロの人生

昭和29年、病気が回復した父は、不動産関係の事業に手を出して失敗。
我が家は困窮を極めた。
このため私は中学を卒業するとすぐ就職し、夜間定時制高校へ通い、18才の時単身上京した。
その後は数年に1回程度しか郷里には帰っておらず、その当時の父母や兄弟の様子はあまり記憶にはない。

何年か後に郷里に帰った時には、先祖伝来の田畑の多くが人手に渡っていた。
事業の失敗の処理のために売却したようだ。

これらについても「ゼロの人生」に記されているが、ここでは割愛する。

その後父は50才で生命保険会社へ就職、それからの10年間を保険外交員として過ごした。
それが、父の生涯でのたった一つの定職となった。
そして、保険の外交の傍ら、病床にあって考えたこと(というよりは頭に飛びこんで来たこと、ひらめいた事といった方が適切かもしれない) を原稿用紙に書き綴る毎日となった。     

「ゼロの人生」に「後期ペンの日50才」として次のように書いている。
     



昭和34年、50才、保険を初めた頃から、原稿用紙を持ッてゐない日がなくなッてネ、書く趣味が又出てきたんだろうナ。
私のはもはや文学とか文芸ではないョ。
学とか芸とか言ふものは、磨きをかけなけらばならんと思ふけれど、私にはもうその年限が無いヨ。
どうせ人間は自分がはめこまれた鋳型をくッちゃべってゐるほかないと思うから、私も自分の鋳型にしゃべらせて歩き初めたんだナ。
      
そして、その頃執筆したものを、「生命光体」として昭和38年に自費出版。
その「後記」に次のように書いている。
          
私のいひたいことは、そうではない。
あなたが考えてゐることとはだいぶちがふ。
南米アマゾンの上流の密林の中に、1人の人間が生まれた。
その人は、外敵から自分を守るために、いや、自分のものを外から見られないために、私のいふ「守備」するために、自分のまはりを、木の枝や草の葉をつかってしきりを作るにちがひない。
その形は△かかをこしらへたにちがひない。
そして、雨をしのぐために八型の屋根をのっけたろうとおもはれる。
生物は、十心型の組み合わせをこしらへることより能がないのだ。(略)
         
       
ところが、この南米とはまったく離れた中国の山の中に、1人の人が生まれたのである。
これもやがては、自分の場所を、水や塵や雪から守るために、自分のまはりへ囲ひをつくった。
その形は、や△やであったにちがひない。
そしてその上には八型の屋根をのっけて、雨雪をながすことにしたと思われる。
この南米の人と、中国の人とは連絡したわけではない。
地上におりた神さまは、この地上の現象から、9つの心型だけの材料になることを強ひられたにすぎないから、どこの国にうまれようと、みんな似たような住まいを考え出すより能がなかったとみるのが、私の世界語分析の原則である。
どこで生まれた人でも、こしらえるものは10心型を組み合わせたもののはずだ。
その組み合わせ方に違いがあるだけで、材料は9つより持ち合わせがないのである。
コトバの形もまた同じである。(以下略)


DSCF1820.jpg



スポンサーサイト

この記事へのコメント

コメントをお寄せ下さい

(コメント編集・削除に必要)
(管理者にだけ表示を許可する)

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://sshigeyoshi.blog115.fc2.com/tb.php/51-449d3f00

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。